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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)12126号 判決 1980年2月12日

原告 橋本金属株式会社

右代表者代表取締役 橋本豊造

被告 有限会社木津屋ゴム工業

右代表者代表取締役 菱銀次郎

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 辻村精一郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告代表者は「被告らは各自原告に対し金一億〇八七〇万三六六四円及びこれに対する昭和五二年一月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

1(一)  原告は、昭和四五年七月二日被告有限会社木津屋ゴム工業(以下「被告木津屋」という)に対し別紙目録記載(一)の建物を、同日被告有限会社山藤ゴム工業(以下「被告山藤」という)に対し同(二)の建物を、昭和四七年二月二四日被告鈴木鉄之助(以下「被告鈴木」という)に対し同(三)の建物を、昭和四六年三月二一日被告真田良春(以下「被告真田」という)に対し同(四)の建物を、昭和四五年四月三日被告岩田信秀(以下「被告岩田」という)に対し同(五)の建物を、それぞれ賃貸した。

(二)  ところで、別紙目録記載(一)ないし(五)の各建物(以下「本件各建物」という)及びその敷地(以下「本件土地」という)は、いずれも原告の代表取締役の地位にある橋本豊造がこれを所有し、株式会社江戸川金属製作所にこれを賃貸していたものであるが、同会社が昭和四〇年六月末日営業を停止して同人にこれを返還したところから、そのころ原告が同人からこれを賃借したものである。しかしながら、原告は、当時、本件土地及び本件各建物を使用して事業をなすには、その資金が不十分であった。

(三)  そこで、原告は、原告が本件土地及び本件各建物を使用して事業を開始するまでの短期間に限ってこれを被告らに賃貸することとし、被告らとの間において、賃貸期間満了後原告に自己使用の必要が生じたときは契約を更新しないこと、賃貸期間中であっても原告に自己使用の必要が生じ原告が代替建物を提供して明渡を求めたときは被告らはこれに移転して本件建物を明け渡すことの特約をなし、事業開始までの一時使用を目的として、前記(一)の賃貸借契約を締結した。

2  ところで、本件土地及び本件各建物の所有者である橋本豊造は、同人の第三者に対する保証債務の履行のため、昭和四七年五月当時、本件各建物を取り壊して本件土地を更地とした上、本件土地を他に売却して資金を調達する必要があった。

3  そこで、原告は、昭和四七年五月一七日口頭により、また同月二六日差出の内容証明郵便により、被告らに対し同年七月一六日までに、原告が提供した江戸川区中央三丁目所在の代替工場に移転して本件各建物を明け渡すよう求めた。

4  しかるに、被告らは、昭和四七年七月一七日以降も本件各建物を使用し、昭和五一年一二月三一日までその使用を継続している。

5  しかして、被告らが右の期間本件各建物の使用を継続したのは、原告の窮迫に乗じ、移転費用名下に原告から多額の金員を取得しようとしてその旨の共謀をなしたことによるものである。

6(一)  ところで、橋本豊造は、橋本金属工業株式会社の株式会社トーメンに対する債務につき連帯保証債務を負担していたものであるが、橋本豊造及び原告は、株式会社トーメンに対し、昭和四七年五月ごろ、原告が本件各建物を取り壊して本件土地を更地とした上、これを信栄不動産株式会社に代金九八二四万七〇〇〇円で売り渡し、その代金全額を同年七月一七日に支払うこと並びに右期日にその支払を怠ったときは、原告及び橋本豊造は株式会社トーメンに対し、連帯して、右代金九八二四万七〇〇〇円に対する同日以降完済に至るまで日歩金五銭の割合による遅延損害金を支払うことを約した。

(二)  しかるところ、前記4のとおり被告らが同年七月一七日以降も本件各建物を使用しているため、橋本豊造は本件各建物を取り壊して本件土地を更地とすることができず、その結果同人は本件土地を信栄不動産株式会社に売り渡して代金を取得することができなかった。

(三)  そのため、原告及び橋本豊造は、前記6(一)の株式会社トーメンとの約定により、同会社に対し、連帯して、金九八二四万七〇〇〇円に対する昭和四七年七月一七日から昭和四九年一〇月一四日まで八二〇日間日歩金五銭の割合による約定遅延損害金合計金四〇二八万一六八〇円の支払を余儀なくされ、同額の損害を被った。

7(一)  また、原告及び橋本豊造は、昭和四九年一〇月一五日知人から金八四五七万五九六八円を借り受け、同月一六日株式会社トーメンにこれを支払い、橋本豊造の前記6(一)の連帯保証債務を完了した。

(二)  ところで、原告及び橋本豊造は、右借入にあたり、日歩金一〇銭の割合による利息の支払をなすことを約したのであるが、これにより、同人に対し、連帯して、金八四五七万五九六八円に対する昭和四九年一〇月一五日から被告らが本件各建物の明渡をなした昭和五一年一二月三一日まで八〇九日間日歩金一〇銭の割合による利息合計金六八四二万一九八四円の支払を余儀なくされ、同額の損害を被った。

8  しかして、原告が被った右6(三)の金四〇二八万一六八〇円及び右7(二)の金六八四二万一九八四円との合計金一億〇八七〇万三六六四円の損害は、被告らが昭和四七年七月一七日から昭和五一年一二月三一日まで本件各建物の使用を継続したことによるものである。

9  よって、原告は、被告ら各自に対し、故意による不法行為に基づく損害賠償請求として、金一億〇八七〇万三六六四円及びこれに対する不法行為後の昭和五二年一月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告ら代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する認否として次のとおり述べた。

1(一)  請求の原因1(一)の事実は認める。

(二)  同1(二)の事実は知らない。

(三)  同1(三)の事実は否認する。

2  同2の事実は知らない。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実も認める。

5  同5の事実は否認する。

6(一)  同6(一)の事実は知らない。

(二)  同6(二)の事実も知らない。

(三)  同6(三)の事実も知らない。

7(一)  同7(一)の事実は知らない。

(二)  同7(二)の事実も知らない。

8  同8の事実は否認する。

9  同9の主張は争う。

理由

一  請求の原因1(一)、同3及び同4の事実は当事者間に争がなく、《証拠省略》及び右争がない事実を綜合すれば、次の事実が認められる。

原告の代表取締役の地位にある橋本豊造は、本件土地及び本件各建物を所有し、これを江戸川金属株式会社に貸与していたが、同会社は昭和四〇年六月倒産し、そのころ同人に対してこれを返還した。

そこで、同人は、本件各建物を原告に貸与し、原告をして本件各建物を他に転貸させ、これによって原告に利益を得させようと考え、原告に対し本件各建物を貸与した、

これを受けて、原告は、別紙目録記載(四)の建物の道路に面した側に「貸工場二五〇坪、区分割可、電力設備あり」等の記載をなした看板を掲示し、広く本件各建物の借主を求めた。

右広告募集に応じ、被告真田は昭和四三年三月二一日、被告岩田は同年四月三日、被告木津屋は同年五月二日、いずれも期間は二年但し当事者協議の上更新することができる旨の約定をなして、原告からそれぞれ本件各建物を賃借し、被告真田は従業員八人を使用して強化ガラス製造業を、被告岩田は従業員五人を使用して鉄工業をなし、また、被告木津屋は、その代表取締役菱銀次郎の子菱藤一郎が代表取締役の地位にある被告山藤に、原告の承諾を受けてこれを転貸し、被告山藤をして、従業員二人を使用してゴム加工業をなさしめた。

しかしながら、その後、原告は、原告が必要とする時期に賃借人から本件各建物の返還を受けたいと考え「本件土地及び建物は、賃貸人が事業を縮少した為め、一時使用として賃貸するものであり、賃貸期間満了後、賃貸人が改築又は自家使用等の為め、必要となった場合は更新しないことを賃借人は承諾した。(中略)本件賃貸借工場を、改築又は自家使用等の為め、明渡しが必要となった時には、契約期間中でも、附近に貸主が準備した他の工場建物に移転することを借主は承諾した。この場合借主は移転料その他の要求をしないこと。」との特約条項を記載した不動文字による建物賃貸借契約書用紙を作成し、右契約書用紙を使用して、被告真田との間において前示契約の期間満了時である昭和四五年三月二一日同一建物につき期間は一年但し当事者協議の上更新することができるとの約定による賃貸借契約を締結し、さらに昭和四六年三月二一日これを更新する契約を締結し、また被告岩田との間においても前示契約の期間満了時である昭和四五年四月三日同一建物につき右特約を記載した用紙を使用し期間は一年但し当事者協議の上更新することができる旨の約定による賃貸借契約を締結した。

また、原告は、いずれも昭和四五年七月二日被告木津屋並びに被告山藤との間において、また、昭和四七年二月一四日被告鈴木との間において、いずれも前示特約条項及び期間は二年但し当事者協議の上更新することができる旨の記載のある前示用紙を使用して、それぞれ本件各建物について賃貸借契約を締結し、これに基づき、被告木津屋は従業員六人を使用してゴム加工業をなし、被告山藤は前示ゴム加工業の営業を継続し、被告鈴木は従業員五人を使用して機械工場を経営した。

しかるところ、原告は、昭和四六年五月二七日橋本豊造所有の不動産についてなされた不動産競売手続開始決定について、本件各建物を取り壊して本件土地を更地とした上、これを他に売却し、これによって得た金員を債権者に対する弁済資金にあて、もって競売の実施を免れようと考え、昭和四七年五月一七日被告らに対し、同年七月一六日までに本件各建物を明け渡し、原告が提供する他の工場に移転するよう求めた。

これに対し、被告らは、いずれも、右特約条項の記載は存したものの右記載によって契約を短期間に終了させる意思はなく、契約を更新し長期にわたって本件各建物を工場として使用し、それぞれの営業の本拠とする意思であったし、提供を受けた工場は立地条件からみて被告らの意に副わなかったり、設置した工場設備の移動が困難である等により移転のための費用が多額にのぼる等の理由から、直ちには移転要求に応じなかった。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》。

二  右認定事実に基づき、原告の主張の当否について検討する。

まず、原告は、原告が被告らに対し、解約権留保の特約を理由として、契約期間内に、本件各建物賃貸借契約解約の申入をなし、二か月後を期限として建物の明渡を求めたところ、被告らがこれに応じなかったことをもって、それが不法行為にあたると主張する。

ところで、期間の定めのある建物の賃貸借契約において、期間内における解約権留保の特約が借家法六条により無効とされるか否かについては議論の存するところであるけれども、解約権留保それ自体は有効であるとしても、本件のように申入後直ちにこれを明け渡す旨の特約は同法三条に反し同法六条によって無効であるといわなければならない。

のみならず、解約申入には自己使用その他正当の事由の存在を必要とするものであるところ、本件においては、会社が工場用建物として賃貸した建物について、会社の代表者が他に負担する債務の弁済資金の獲得にあてるため、建物を取り壊してその敷地を更地となし、これを高価に売却することを目的としてその明渡を求めるものであるが、このような原告の必要性は、本件各建物を営業の本拠として使用する被告らの必要性に比較して大なるものとはいえず、結局原告には本件各建物賃貸借解約申入につき正当の事由がないものといわなければならない。

したがって、原告がなした前示解約の申入は、特約の効力及び正当事由の存否のいずれの点からも無効であるから、右解約申入によっては本件各建物賃貸借契約は終了せず、被告らが本件各建物を継続使用することは、賃借権に基づくものとして、何ら違法な行為にあたらないものといわなければならない。

なお、本件各建物の賃貸借契約においては、契約書中に「一時使用」の文言の記載がある。しかしながら、賃貸借契約が建物の一時使用を目的とするものであるか否かは、建物の使用目的、契約に至る動機その他の事情からみて、当事者双方が賃貸借契約を短期間に限って存続させる合意をなしたものであることが客観的に明らかであるか否かによって決すべきものであって、単に賃貸借契約書に一時使用の文言が記載されていたからといって、これによって直ちに契約が建物の一時使用を目的としたものということはできない。しかるところ、本件においては、前示認定のとおり、原告は何時でも自己が欲するときに建物の明渡を得たいと考えて前示のとおり一時使用の文言を記載した契約書を作成したものであるが、被告らは、いずれも本件各建物を営業の本拠たる工場として使用し、契約の更新を重ねて賃貸借契約を長期間にわたって存続させる意図のもとに右賃貸借契約を締結したものであるから、右賃貸借契約において、当事者双方が一時使用の合意をなしたものということはできない。したがって本件各建物の賃貸借契約は、一時使用を目的としたものではないから、借家法八条による同法の適用除外を受けないものといわなければならない。

三  右により、原告の請求は、損害の発生の有無、相当因果関係の存否等その余の点につき判断を加えるまでもなく、理由がないものといわなければならない。

よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口忍)

<以下省略>

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